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大阪高等裁判所 平成9年(ラ)146号 決定 1997年4月25日

抗告人 石井康

抗告人法定代理人親権者父 細川雅之

主文

原審判を取り消す。

抗告人の氏を父細川雅之(本籍富山県射水郡○○町○○××××番地の×)の氏「細川」に変更することを許可する。

理由

第1本件即時抗告の趣旨及び理由は別紙「即時抗告申立書」(写し)記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  原審判1枚目裏11行目から3枚目裏10行目までを、次のとおり、付加、訂正の上引用する。

(1)  文中「申立人」とあるを「抗告人」と訂正する。

(2)  2枚目表末行「現在通園中の」とあるを「通園していた」と、同裏4行目「混乱し、」とあるを「混乱したこともあって、」と、同6行目「入学する予定の」とあるを「入学した」と各訂正する。

(3)  3枚目表1行目と2行目の間に次のとおり付加する。「父は、既に平成2年6月27日、浩子の要求に応じて、浩子の自宅(もともと父が浩子ら家族と共同生活を営んでいた居宅)の土地・建物の各2分の1の持分を浩子に贈与して、その旨の持分移転登記も了しており、抗告人は、同訴訟における和解に際し、残りの2分の1の持分を移転するほか、将来支給されることの予定されている退職金3000万円弱の約3分の1である1000万円を支払う旨申し出ており、本件申立てが認容されてもこの申出を維持し、和解には積極的に対応する意向を表明している。」

(4)  3枚目裏2行目「帰宅を求めたが、」とあるを「明のためにも帰宅することを求めたが、」と訂正し、同8行目「話したこと」の次に「(ただし、母との内縁関係、抗告人の存在は話していない。)」を付加する。

2  上記認定事実に基づいて検討する。

抗告人は、出生以来約6年間余父と同居して父の氏を通称として使用し続けており、小学校においては、教育的配慮から父の氏を通称として使用することを受け入れる見込みであり、その結果さしあたっては不都合を来していないように窺われるものの、戸籍上と異なる氏を使用していくことが今後の生活上さまざまな支障をきたす可能性があり、また、日常使用している氏が戸籍上の氏と異なることを知り、しかもその変更が認められないまま推移することが抗告人に重大な精神的負担を与え、その健全な人格の形成に悪影響を及ぼす可能性もあることは否定できないのであって、抗告人が父の戸籍に入籍する利益は大きいものというべきである。また、父の戸籍の身分事項欄には、抗告人を認知した旨の記載が既にされており、現在でも戸籍を確認すれば抗告人の存在は容易に認識することができるのであるから、抗告人が父の戸籍に入籍されること自体で、明の将来の就職や婚姻に支障をきたす可能性は少ないし、既に無事結婚式を済ませた久美の婚姻生活に支障をきたす可能性も少ないのであって、明や久美に重大な心理的影響を与える可能性も少ないというべきである。

もっとも、父の別居の主たる原因は、父の不貞行為であり、明が父の別居後精神的に不安定な状態に陥ったことに対する父としての積極的な関わりはほとんどなく、明との対応を浩子に任せる結果となり(特に、明が精神的に不安定な状態に陥った直後に父が関わりを持たなかったことは大いに非難されるべきである。)、その間、父は、浩子との婚姻関係を修復する努力を惜しんだこと等の事情に鑑み、浩子の反対を単なる主観的感情に基づくものということはできない。

しかし、父と浩子の関係が修復される可能性は現時点ではとうてい期待できず、父と母及び抗告人の共同生活関係はさらに定着していくものと推認される。また、父と浩子の間では、離婚訴訟が係属しているが、和解の目処が立っておらず、早晩決着する見込みが乏しいし、本件申立てを認容しても、父は、浩子と離婚することはできず、したがって、母と婚姻することもできないのであるから、本件申立てを認容することが上記離婚訴訟や和解に影響を与える可能性も大きくはないというべきである。

以上によれば、現段階に至っては、子の福祉、利益を尊重する観点から、抗告人の氏を父の氏に変更することを許可するのが相当というべきである。

3  よって、抗告人の本件申立ては理由があるからこれを認容すべきであり、これと異なる原審判を取り消し、抗告人の氏を父の氏に変更することを許可することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中田耕三 裁判官 高橋文仲 中村也寸志)

(別紙) 即時抗告申立書

大阪家庭裁判所平成8年(家)第3435号子の氏の変更許可申立事件について、同家庭裁判所が、平成9年2月14日にした別紙記載の審判に対し、下記のとおり、即時抗告する。

原審判の表示

本件申立を却下する。

抗告の趣旨

原審判を取り消す。

抗告人の氏を「石井」から「細川」に変更することを許可する。

抗告の理由

1 原審判の理由

申立人は、父細川雅之(以下「父」という)と母石井美香(以下「母」という)の間に出生したが、父が細川浩子(以下「浩子」という)と婚姻中であるため、「石井」の氏を称しているところ、誕生以来、父の氏である「細川」姓で生活を継続していることから、氏の変更の許可を求めるものである。

これに対して、原審判は、<1>父の別居の主たる原因は父の不貞行為であること、<2>明が父の別居後から不安定な状態に陥ったことに対する父としての積極的な関わりはほとんどなく、明との対応を浩子に任せる結果となり、明は依然として自立した状態にないこと、<3>その間父は母や申立人の内縁生活を優先し、浩子との婚姻関係を修復する努力を惜しんできたこと、<4>父と浩子は離婚訴訟の渦中にあり、早晩決着が見込まれるところ、本件が認容されることにより離婚訴訟及び和解の進行に微妙な影響がないとは言えないことなどから、浩子の反対を単なる主観的な感情に基づくものとして軽視することは妥当でないとし、少なくとも父と浩子との間の離婚訴訟が決着するなどして婚姻関係の帰趨が定まるまでの間は、本件申立を認めるべきでないとする。

しかし、以下の述べるとおり、原審判は、事実認定及び法令解釈を誤ったものであり、取り消されるべきである。

2 別居の主たる原因が父の不貞行為であるとした点

原審判は、父と浩子の別居の主たる原因が父の不貞行為であるとし、別の箇所には、「父の不貞が度々発覚したこともあり、昭和63年9月下旬に父は自宅に戻らなくなり」とも指摘している。

しかし、不貞が発覚したから別居したというのは、父が不貞を隠していたところ、これが浩子に発覚し、同居を継続しがたくなって別居したということであろう。しかし、そのような事実はない。

昭和63年初めころ、父は、できれば浩子とやり直そうと考え、それまで交際していた女性とも別れ、浩子と同居を始めたが、浩子の情愛のなさに耐えきれず、同年9月頃、やむなく別居したのである。したがって、不貞が発覚したから別居したという事実はない。

また、原審判は、「浩子と別居した頃から申立人の母石井美香と親しく交際するようになり」とも指摘するが、これも、全く事実に反している。父は、別居した当時、母を全く知らなかったが、その年の年末に母と知り合い、そのまま同棲するに至っているのである。知り合ったばかりの男女が急速に引かれ合い、そのまま同棲に至ることも、世に珍しいことではない。父は、女性との過去の関係について、偽りを述べたことはなく、母との関係についても、正直に述べている。浩子は、離婚訴訟においても、別居の頃から父が母と交際していた旨述べているが、これは、全く客観的根拠のない邪推であって、事実は、父は、浩子との生活に苦痛を感じて、別居に踏み切ったものである。

3 父が明の問題にほとんど関与しなかったとの点について

父の別居後、明が閉じ込もりの生活を送るようになったことは事実である。もっとも、明の精神的な問題が、父の別居にのみ起因するものと断定することはできない。受験の失敗や年齢からくる不安定さ等、様々な要因が重なって、問題となったものとみるべきであり、明の問題の原因を、独り、父の別居のみに帰するのは、余りに偏頗な見解と言わざるを得ない。

それはさておき、父は、明のことを知り、自分としてできるだけのことはしたいと考えた。そこで、浩子と会ったときに、明と会って話がしたい旨申し入れたところ、浩子がこれを拒絶した。父は、明の問題は、当人の心に関わるデリケートな問題であり、もし、強引に明と会おうとしたために、かえって、悪い結果を招来しても大変だと考え、当面、そっとしておこうと考えたのである。

浩子は、本件申立が明に知れることを極度に警戒し、浩子のみの調査を希望し、原審も明からの事情聴取は行っていないと思われる。それは、明の精神状態のデリケートさに配慮したものであろうが、同じ配慮を、父が行ない、無理に明と会うことを控えたことが、非難に値することであろうか。原審判の見解は、誠に承服しがたい。

4 父が内縁生活を優先し、浩子との婚姻関係を修復する努力をしなかったとの点について

婚姻した男女が不和になり、婚姻解消に至ることは、悲しいことである。しかし、それもひとつの現実である。民法は、それを仕方のないこととして、離婚の制度を設けている。父は、浩子との間に愛情を育てることができず、別居に踏み切った。この婚姻生活の破綻の責任が、父にないのかと問われれば、当職も、父の責任を否定するものではない。それはさておき、父は、浩子との愛情を育てることができず、やむなく別居するに至った。その後、別の女性(母)とめぐり合い、その女性との間に申立人が生まれ、ここに平穏な家庭生活を営まれてきた。この関係は、なるほど法律外の内縁関係であるが、だからと言って、父が母や申立人を愛し、3人の生活を大切に育むべきではないということにならない。それとも、原審判は、父が母や申立人を捨て、内縁生活を破棄することが法律の求めるところであるとでも言うのであろうか。

誤解のないように言っておくが、当職は、不貞や婚姻外の内縁関係を慫慂するものでない。婚姻秩序は、できる限り、守らなければならない。しかし、双方に愛情関係が成立せず、婚姻関係が破綻し、内縁関係が形成され、それが社会の円満な社会秩序の一部となったときは、それを認めるほかないと主張したいのである。原審判は、こうした関係を認めず、婚姻関係の修復に努力しなかった者を非難するのであるが、これは、余りに、社会の実情に通じない法律万能主義の考え方と言わざるを得ない。

5 父と浩子は離婚訴訟が早晩決着し、一方、本件が認容されることにより離婚訴訟及び和解の進行に微妙な影響がないとは言えないとの点について

まず、原審判は、離婚訴訟が早晩決着するというが、一体、何をもって、早晩というのであろうか。父と浩子の離婚訴訟は、現在、第一審で争われ、控訴や上告も予想される事案である。原審判も認めるとおり、双方の金額的な隔たりが大きく、和解の可能性も薄いのであるから、早晩決着するとの判断は、全く根拠のないものである。

さらに、本件が認容されると、離婚訴訟や和解に「微妙な」影響がないとは言えないとも言う。要するに、本件を認めてしまうと、父が離婚の際の金銭給付を出し渋るということであろう。

しかし、このような断定も、全く誤りである。すなわち、父は、離婚に当たり、浩子との同居期間中に購入した自宅をすべて浩子に譲ることにしている。この自宅は、ローンが既に終了しており、平成2年には、その持分1/2を浩子に贈与して、財産分与が既に履行済みとも言えるものである。しかし、父は、浩子が離婚に応じるならば、自分の持分1/2も浩子に譲ることを申し出ており、そればかりか、将来の退職金3000万円弱(見込み)の1/3強に相当する金1000万円の給付をも申し出ている。父としては、退職金の1/2に相当する金員の給付を考えているが、自宅持分譲渡に伴う譲渡所得税が金400万円以上と予測され、この負担をも考慮して金1000万円の給付を申し出ているのである。浩子は、自宅持分だけでなく、将来の退職金相当額全部の給付を求めており、和解成立の見込みが少ない。それはさておき、父は、上記のような不動産及び金銭給付を申し出、その誠実な実行を誓っている。原審判は、全く根拠のないまま、本件を認めることが離婚の裁判に影響すると妄断しているのであって、全く不当である。

6 民法791条の法意と原審判の法令解釈の誤り

民法791条は、親子を同一の氏とすることが子の福祉に適うことから、子の氏の変更を認めており、ただ、濫用を抑制し、関係者の利害対立の調節のため、家庭裁判所の許可事項とされているのである(注釈民法22巻(1)p.394)。つまり、子が親と同一の氏に変更することを、原則として認め、例外的に、関係者の利害対立を考慮すべきものとしているのである。

ところが、原審判は、別居当時に父が石井と関係があったとか、本件の認容が離婚裁判に影響するなどと、全く、事実に反した認定に基づき、本件申立を却下したものである。しかも、離婚に関して、破綻主義が定着し、一定の条件の下であるが、有責配偶者からの離婚請求も許容されている趨勢を全く無視して、申立人の父が、形骸化した婚姻関係より内縁関係を優先したとしてこれを非難するのである。

仮に、原審判のような解釈が許されるとすれば、一体、いかなる場合に、民法791条に基づく、子の氏の変更が認められるのであろうか。父が、婚姻関係にある家族に対して、毎月金20万円以上の援助を行ったが、婚姻関係修復の努力を怠ったとして非難されるならば、内縁関係から出生した子どもの氏の変更が認められる場合には、あり得ないのではなかろうか。また、父が、婚姻費用の分担を誠実に行わず、氏の変更の許可が離婚裁判に影響することが明らかな場合は、ともかく、そうでない場合にまで、裁判への影響が考慮されるとすれば、子の氏の変更が認められる場合は、全くあり得ないことになる。

以上要するに、原審判は、誤った事実認定に基づいた誤った判断であると同時に、子の福祉の見地から、子の氏の変更を原則として許可する民法791条の解釈をも誤ったものというほかないのである。

以上

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